サーフィンと英語とミニマリスト。

サーフィンが好きで英語勉強中のミニマリストのブログ。

高城剛について_仕事偏_vol2

vol1の方では高城氏の現在の大まかな仕事の流れを紹介しましたが、
過去にはこんなことしてました的なのを紹介します。

え〜そんなことしてたの!的なことが多く本当驚きます。

==========
▽Q.4▼▽
先日、20年間続いていたとんねるずさんの番組「とんねるずのみなさんのおかげでした」という番組が終わってしまいました。
名古屋在住、31歳、男の私からすると、すごく楽しかった番組でした。
しかし、視聴率主義で番組が終わったのか、視聴者の番組への批判からかフジテレビが引たのか分かりませんが、とにかく番組は終わってしまいました。
高城さんが常々おっしゃられているテレビが変われば日本が変わるというお考えにてらしますと、たった番組一つですが、20年間続いた番組が終わるという事は、変わってきているという事なのでしょうか?
私的には、今、日本に足りないのは、とんねるずさんみたいなセンス性や番組内でみますハチャメチャ性(人に迷惑をかけない、礼儀正しいがポイント)だと思います。
この一件だけみますと、またしても日本がよくない方向に行ってる気がするのですが、高城さんのご意見、どうぞよろしくお願い致します。

【 A 】
毎度のことに驚くかもしれませんが、僕は「とんねるずのみなさんのおかげでした」の前番組のディレクターだったんです。
同じ曜日の同じ時間帯の同じ「とんねるずさんの番組」で、出演者以上に製作陣が「ハチャメチャ性(人に迷惑をかけない、礼儀正しいがポイント)」な人ばかりで、セットに1億円かけるのは当たり前。
僕も15分の海外ロケに数億円使っていました。
こんな無茶ができたのも、「とんねるずさんのおかげでした」ね。
「しかし視聴率主義で番組が終わったのか、視聴者の番組への批判からかフジテレビが引たのか分かりませんが、とにかく番組は終わってしまいました」。
「この一件だけ」をみても、「日本がよくない方向に行ってる気が」したので、これ以降、テレビの仕事は一本も引き受けておりません。
同時に、軸足を海外へと移す準備をはじめたのです(実現までに、10年近くかかりました)。

==========
▽Q.10▼▽
大忘年会、とても楽しかったです!裏本も買いました!!
わがままを承知でお願いですが、高城さんと触れ合えるイベントも是非とも考えていただけたらありがたいです!
本題の質問ですが、X JAPANのhideのホログラムはライブのお約束となるほど定着しましたが、このお仕事はどのようなきっかけで始まっていったのでしょうか?
またその過程での他のメンバーとのやりとりや苦労話、高城さん自身のその仕事に対する想いなど聞かせていただけたらありがたいです。
高城さんもX Japanがお好きでしょうか?
私は両方大好きです!
是非とも高城さんに語れる範囲でいいので色々と語って欲しくメールを差し上げました。よろしくお願いします!


【 A 】
以前、東京ドームで開催されたX Japanの復活ライブで、お亡くなりになったHideの立体ホログラフィーをライブに登場させたのは、その技術を日本で僕しか持っていなかったからなんです。
いまの屋外ドローン編隊飛行のように。
特殊な技術開発を行うと、市場を「独占」できますので、あとはもっとも高値で取引してくれるクライアントと仕事がはじまります。
「ありがたいです」よね。
ちなみに、X Japanは反社会組織にガッチリとガジられている最中でしたので、支払い上の信用不安がありました。
そこで、当時X Japanと取引があるすべての会社で、僕だけが全額前払いで受け取っていました。
「ありがたいです」よね。
その理由は、市場を「独占」していたからです。

==========
▽Q.4▼▽
高城さん、いつもワクワクありがとうございます!
特にラジオがどんどん面白くなってきていて、何回も聞いてます!
質問なんですが、私の勤めているアパレル会社が2年前に倒産し、投資会社インテグラルに買収されました。
リストラ多数あり、残されたメンバーで立て直しが始まったのですが、旧会社のメンバーが大半で、今まで通りで新しい施策が出せてなく、資金も入ったのですが、立て直しが進んでないように思います。
私自身、もっと視野を広げる必要があるかもしれません。
高城さんが、倒産した会社を立て直す時、どんな行動をされますか?
よろしくお願いします。


【 A 】
僕の暗躍ぶりに驚くかもしれませんが、「投資会社インテグラル」に請われ、「2年前に倒産」した「アパレル会社」の立て直しを、昨年手伝いました。
「旧会社のメンバーが大半で、今まで通りで新しい施策が出せてなく」、僕が呼ばれたわけですが、どんなに画期的で斬新な案を出しても、「旧会社のメンバー」の古い思考を打破することができませんでした。
そこで、最後の手は、さらなるリストラだけとなったのです。
せっかく「旧会社のメンバー」とともに新業態を行おうと思っても、意味なく立ちはだかれば、自らの首を絞めているもの同然です。
すでに僕の仕事は終えましたが、今後はさらなる大規模なリストラとなるでしょう。
これは、経験則にすぎませんが、「倒産した会社を立て直す時」、短期間で規模を8割減し、残った2割で、1~2年で直前の売り上げの半分まで届かなければ、先がありません。
古い友人に頼まれて引き受けた仕事でしたが、まるで、日本の縮図のようでしたね。

==========
今週は、沖縄の今帰仁にいます。

2017年の沖縄県入域観光客数が、ハワイの観光客数を初めて上回りました!
これは、2000年代初頭、沖縄ブーム創出に関わった人々の悲願であり、ついに、国際的な観光地として、あたらしいステージに立てたことを意味します。
数日前に、正式な数字が発表され、当時、僕と共に仕事をしていた沖縄のスタッフから、歓喜の報告をいただきました。
実に感慨深いものがあります。

2001年9月11日に起きた米国同時多発テロの影響により、多くの在日米軍がある沖縄本島の観光業は壊滅しました。
一般観光客はもとより、修学旅行生も訪れることがなくなってしまった閑散とした観光地だったのです。
そこで、2002年から数年かけて沖縄ブーム創出(および県内人材育成)をミッションに、県庁内に作られた特別プロジェクトチームの総合プロデューサーの任についた僕は、東京から自分の愛車を沖縄に船で持ち込み、離島まで含めて隅々まで県内を訪れ、いままでにない観光戦略をを練りました。
綿密なセグメント・マーケティングとヴァーティカル・マーケティングは、幸いにも早々に良い数字と叩き出し、地域振興の成功例として海外でも幾度となくプレゼンテーションを行いました。
その沖縄観観光のゴールが、「ハワイを超える」ことだったのです。
達成するまで、まるまる14年かかったことになります。

しかし沖縄は、いまだ平均滞在時間や消費額では、依然としてハワイに及んでいません。
入域観光客数は、2016年比で9%増の過去最高を更新し、なかでも海外ゲストが22%増と伸びは顕著なのですが、財布の紐を緩めることは成功していません。
最近の沖縄を僕が見ても、大きなお金を落とす場所がなかなか見つからないのが、正直なところです。
今時、風光明媚とショッピングだけでは、ゲストは旅を楽しめません。
商品でもサービスでも、海外ゲストに高額な支払いを求め、その対価に満足させられるかどうかが、次のステップの鍵となるでしょう。
簡単に言えば、VIPサービスに対応できる人材が、沖縄では不足しているのです。

世界の主だった観光地、特に沖縄同様のリゾート地には、必ずVIPサービスと呼ばれる特別な観光業者が存在します。
このVIPサービスは、イビサやサントロペ、マイアミ、そしてハワイなど著名観光地には必ずあり、これらのリゾート地では、1日数万円程度散財する一般ゲストとは別に、1日数千万円使うVIPゲストが、数多く訪れます。
このVIPゲストをアテンドするのが、VIPサービスと呼ばれる人材です。

例えば、沖縄であれば、慶良間諸島の無人島に、一週間だけ、特別なコテージを立てる許可を県に申請し、それを実行します。
もちろん、簡易的なコテージになるのでしょうが(すぐに撤去可能な構造物として許可を得るのでしょうが)、コストは数千万円に上るのは間違いありません。
それでも、一週間だけ無人島に立てられた特別な場所とサービスに、数千万円支払う人たちが、世界中にいるのです。

このような人たち(つまり、本当のVIP)が世界には多数存在し、また、このような人たちが真に望むものを理解できなければ、VIPサービスは提供できません。

世界の成功している観光地でお金を落とす人たちを分析すると、VIPサービスが、平均消費額を押し上げています。
1日1000人各3万円使ってくれる人たちに対応するには、それなりの人数が必要となりますが、数人で3000万円使ってくれる人たちに対応するのは、そこまでの人数は必要ありません。
結果的にサービスの利幅も大きくなり、いままでにない顧客を獲得できることにつながります。
沖縄観光の次の課題は、ここにあるように見えます。
そうしなければ、ゲストが増え続け、どこかで観光パニックに陥るでしょう。

かつては、社会主義下で「贅沢は敵だ」と教えられていた中国人が、いまや日本より強烈な競争社会下で、人々はしのぎを削っています。

一方、日本では一億総中間層といった「過去の価値観」を脱することができず、また、長らく続くデフレによって、VIPサービスなどの「あたらしい価値観」を、理解できません。
そのため、常に平均値で物事を考えるような思考が、あらゆる場面で横行し、問題や本質を見抜くことができなくなっていることが多々あります。

もし、沖縄の様々な問題が日本の縮図だとしたら、観光業に限らず、世界のVIPに対する商品やコンテンツを提供するのは、まだまだ難しいのかもしれません。

果たして、この数年のうちに、沖縄にVIPサービスが登場するのでしょうか?

これが、本当の観光立国に日本がなり得るかどうかの試金石に思う今週です。
==========
▽Q.6▼▽
高城さん。いつも高城さんがイキイキと質問に答えている画が見える回答をありが
とうございます。質問なんですが、このメルマガやブログで「Nikeはもう田舎い。」
とよく見かけますが、Nikeがカッコ良かったのはいつまででしょうか?街にハンタ
ーが沢山いた時代でしょうか?NSWやMade In Italy、White Labelなどの製品
はかなりモダンで、次のフェーズに移行していると個人的には想い、とてもカッコ
いいです。直営店で売っているインラインは確かにもうダサダサですが。。製品で
はなく、企業の形がもう田舎い。と言うことなのでしょうか?僕のファッションは
NikeとCdGです。この二つには親身になりたいし、逃げたくない。なので、何卒、
ご回答をお願い致します。

【 A 】
80年代後半、ニューヨークでストリートカルチャー・ムーブメントが生まれました。
この現象は、ヒッピームーブメント以来の米国発の反体制運動で、スーツに革靴が
主流だった時代に、スニーカーとダボダボのTシャツや短パンをはく「反逆的な態
度」を見せることも、そのひとつでした。そのスニーカーとダボダボのTシャツや
短パンを作っていた会社が、ナイキだったのです。しかし、95年のAIR MAXを機
に人気が爆発し(僕も当時ナイキの仕事をしていましたので、人ごとではないので
すが)、ナイキは、反体制のアイコンであることを自ら忘れ、拡大路線を進む事に
なりました(あわせて、僕も距離を置くようになりました)。あわせて、社会的に
もスニーカーや短パンをはく事が、「反逆的な態度」ではなくなったのです。いま
では、ナイキはその売り上げからもわかるように、スニーカーメーカーではなく、
完全アパレル企業で、なぜなら、スニーカーよりアパレルのほうが利幅が遥かに高
いからでして、そのためには、ブランディングが大切になります。そこで、過去十
年以上に渡り、友達のフリをした広告や、先端の表現者に金か仕事を与えて、各国
でイメージが崩れないようにしてきました。この作業を行っていた、広告会社ワイ
デン&ケネディの罪は大きいと、個人的に思っています。しかし、リーマンショッ
ク以降、人々は「本質」を求める傾向が強くなり、ナイキのような「過剰」なイメ
ージを保持しようとする会社を「ダサい」と見るようになりました。ひとつひとつ
の商品で見れば、良い商品もそれなりにあると個人的に思いますし、たまに僕自身
も商品を購入しますが、いまでは「リーヴァイス」と並ぶ「凋落するアメリカの象
徴」のように思います。もはや、初心を取り戻して実直なスニーカーを作るメーカ
ーには戻れないでしょう。なぜなら、ブランディングされた「ロゴ」を布につける
だけでボロ儲けすることを、さんざん味わってしまったからです。
==========

 

「沖縄の観光事業」から「NIKE」に「X JAPAN」「とんねるずのみなさんのおかげでした」「企業の立て直し」までほんと幅広いですね。。。

  

高城剛とは?_仕事編_vol1
高城剛とは?_仕事編_vol2
高城剛とは?_ラーメン編
高城剛とは?_ギャンブル編
高城剛とは?_改造編